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福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)600号 判決 1971年11月06日

控訴人 松岡信之

右訴訟代理人弁護士 佐藤均

被控訴人 木村義信

右訴訟代理人弁護士 三角秀一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、金三一万六、〇〇〇円および内金一六万円に対する昭和四二年一〇月三〇日から、内金一五万六、〇〇〇円に対する同年一一月一〇日から各完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は主文第二項に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、左に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれをここに引用する。

一、控訴代理人の主張

仮りに田尻倶喜が権限なくして本件約束手形二通の裏書欄に被控訴人の氏名を冒書し、その名下に被控訴人の印鑑を押捺して裏書したものであるとしても、被控訴人はかねて右田尻が銀行から融資を受けるにつき保証人となることを承諾し、同人に対し銀行との間に右保証契約を締結する代理権を与え、被控訴人の実印、印鑑証明書を預けていたところ、同人がその権限をこえて、いわゆる署名代理の方式により被控訴人名義で本件手形二通に裏書してこれを控訴人に交付したものであり、その際控訴人は被控訴人名下の印影がその実印によるものであることを田尻に確かめたうえ右手形を受領したものであるから、控訴人は被控訴人みずから本件手形二通に裏書したものであると信じ、かつ、そのように信ずるにつき正当の理由があるものというべく、したがって被控訴人は民法一一〇条の類推適用により裏書人としての責に任ずべきである。

二、証拠関係≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、共立特殊工業株式会社は控訴人主張の本件約束手形二通(ただし受取人欄は白地)を振出したことが認められる。

二、そして≪証拠省略≫によれば、本件手形二通の裏書欄には被控訴人の氏名が記載され、その名下に木村の印鑑が押捺されていることが認められるが、≪証拠省略≫によると、右被控訴人の氏名の記載および印鑑の押捺は、田尻倶喜が被控訴人に無断でなしたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三、そこで進んで控訴人の表見代理の主張について判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴人は田尻倶喜の妻の妹婿にあたるが、昭和四二年八月頃田尻が銀行から融資を受けるにつき被控訴人に保証人となることを依頼したので被控訴人もこれを承諾し、銀行との間に自己を保証人とする保証契約を締結する代理権を田尻に与えたこと、当時被控訴人の実印は入院中の妻が所持していたため、田尻が被控訴人の承諾を得て新たに被控訴人の印鑑を購入し、被控訴人と共に居村役場において印鑑登録簿の改印手続を終えたうえ、印鑑証明書の下付を受け、右印鑑および印鑑証明書を田尻が預ったこと、同人は銀行から融資を受けることができなかったが、右印鑑および印鑑証明書はこれを被控訴人に返戻することなく同人において保管中、同年八月二六日頃共立特殊工業株式会社の社員宮田某から本件手形二通の割引斡旋を依頼されたので、同人は控訴人に対しその割引を懇請したこと、控訴人は本件手形の割引に危惧を感じたが、右田尻と被控訴人との間の前記身分関係を知っていたので、資産のある被控訴人が右手形に裏書するのであれば割引してもよいと考え、その旨田尻に伝えたところ、同人はこれを了承して右手形を持ち帰ったこと、その後同人は被控訴人の承諾を得ることなく無断で右手形二通の裏書欄に被控訴人の氏名を記載し、その名下に前記保管中の被控訴人の実印を押捺して被控訴人名義の裏書をなしたうえ、これを控訴人に示し重ねて割引を依頼したこと、そこで控訴人は田尻に対し被控訴人名下の印影がその実印によるものであるかどうかを確かめたところ、同人は前記印鑑証明書を提示して被控訴人の実印に相違ない旨答えたので、控訴人は右手形の裏書は被控訴人みずからこれをなしたものと信じて右手形を割引いたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

もっとも原審における鑑定人下田亮一の鑑定の結果によると甲第一号証の約束手形裏書欄の被控訴人の印影と改印届の印影とは同一印鑑にもとずくものであるが、甲第二号証の約束手形裏書欄の被控訴人の印影は同一印鑑によるものではない旨鑑定されている。しかしながら右鑑定の理由を仔細に検討すれば、甲第一、第二号証の各印影は、外観上全般に酷似しているばかりでなく、「木」字第二筆の始筆部分の肉切れ、「村」字の右側および下側の印影円の宿肉など特殊な類似点のあることが認められるので、他に前記田尻が改印届の印鑑に酷似した被控訴人の印鑑を所持していたことを窺うに足りる証拠のない本件においては、右甲第一、第二号証の印影はいずれも前記改印届に使用した印鑑によるものであると認めるのを相当とするから、右鑑定の結果により前記認定を覆すことはできない。

以上認定の事実によると、本件手形二通は前記田尻が代理権限を踰越して被控訴人名義で裏書をなしたものであるが、控訴人は、右手形は被控訴人において真正に裏書したものであると信じ善意でこれを取得したものであり、そのように信ずるにつき正当の事由があったものというべきである。

ところで本件の場合には、控訴人は田尻が代理人たる権限に基づいて署名代理の方式により本件手形の裏書をしたものと信じたわけではなく、田尻がその権限を踰越して署名代理の方式で被控訴人名義で右手形の裏書をなしたのを控訴人において被控訴人みずから真正に裏書したものと信じたにすぎないから、民法一一〇条を直ちに適用することはできないが、表見代理制度の法意に照らし、その信頼が取引上保護に値する点においては、代理人の代理権限を信頼した場合と異なるところはないから、被控訴人自身の行為であると信じたことについて正当な事由がある限り、同条を類推適用して被控訴人においてその責に任ずべきものと解するのが相当である。

四、そして前掲甲第一、第二号証によると、控訴人は受取人欄に被控訴人の氏名を補充し、昭和四二年八月二九日本件約束手形(二)を株式会社旭相互銀行に裏書譲渡し、約束手形(一)は控訴人が約束手形(二)は右銀行がいずれもこれを満期に支払場所に呈示したが支払を拒絶されたことが認められ、その後控訴人において右約束手形(二)を同銀行から受戻して現に本件手形二通を所持していることは弁論の全趣旨により明らかである。

とすれば、裏書人たる被控訴人は控訴人に対し本件約束手形金合計金三一万六、〇〇〇円および右各手形金に対する満期日である内金一六万円に対する昭和四二年一〇月三〇日から、内金一五万六、〇〇〇円に対する同年一一月一〇日から各完済まで手形法所定の年六分の割合による利息を支払う義務があるといわなければならない。

以上と趣旨を異にして控訴人の本訴請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江啓七郎 裁判官 藤島利行 前田一昭)

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